前回は、それに対抗する形で出てきた「非マイノリティ」の政治という人為的なアイデンティティの発動についても触れました。「ゲイ」に対抗して「ストレート(異性愛者)」の存在を再確認しようという考え方自体は新しいものではありません。そもそも「異性愛(Hetero-sexuality)」というのは、「同性愛(Homo-sexuality)」の発見によって発明された概念です。「同性愛」という言葉がなかった時代には、「異性愛」というものは初期設定として意識すらされなかった。言葉にする必要がなかった。

 それが、エイズと戦うゲイたちの可視化が進んで「ゲイ・プライド」が叫ばれた80年代後半になると、当然のようにそれに対抗するだけのためのような「ストレート・プライド」なる言説運動が生まれました。1988年、ヴァーモント州の共和党州議員が「ストレート・プライド・デイ」を制定せよと求めています。91年3月にはマサチューセッツ大学アムハースト校で保守派学生による「ストレート・プライド」集会が50人ほどの学生の参加で開催されました。NYタイムズによれば、集会を取り囲んだ抗議学生たちの数はその10倍だったそうです。

 そういうことが今もずっと繰り返されています。草の根保守の「ティー・パーティ」運動からトランプ主義の台頭に伴って、それは現在「ホワイト・プライド」という、KKKなどの白人至上主義とも結びついています。

 ストーンウォール50周年の今年、「It’s Great to be Straight(異性愛者であるということは素晴らしい)」というスローガンを掲げた「Super Happy Fun America(チョー幸せで楽しいアメリカ)」なる団体が、ボストン市に対し、市庁舎での「ストレート・プライド」旗の掲揚を求めて拒絶されました。ただし、8月に「ストレート・コミュニティの多様な歴史と文化と貢献を祝福するため」の「ボストン・ストレート・プライド・パレード」を開催するとしていて(日付けは未定)、こちらは集会・表現の自由の権利として市当局に認められると見られています。

「多様な歴史と文化と貢献を祝福する」というのは「ゲイ・プライド」に関する定型句のようなものですから、この謳い文句がいかにそれを逆手にとって茶化し揶揄しているものかがわかります。そもそも彼らがそのマスコットとして勝手に指名したブラッド・ピットはリベラルで知られる俳優ですから、これも断られるのを前提にふざけたつもりなのでしょう。

 ボストンは2004年にアメリカで最初の同性婚を合法化したマサチューセッツ州の州都。郊外にはハーヴァードやMITなどの有名大学が並び、リベラルな風土です。そこでの「ストレート・プライド・パレード」はもちろん政治的リベラルたちの「アイデンティティの政治」をからかうものです。

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