illustration_Kenro Shinchi・文/谷口洋幸(高岡法科大学法学部教授)

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SOGIに関する国レベルの法整備の現状

同性カップルの法的承認の背景

同性どうしの結婚を認めている国が年々増加しており、2017年3月現在で23か国に達した。結婚に類似した法整備を進めている国も多く、G7の中で同性カップルの法的承認を実現していないのは日本だけとなっている。同性カップルの結婚を認めるにいたった背景には多くの国で共通していることが2つある。1つは、国レベルで同性どうしの結婚を認める前に、地方自治体による同性どうしのカップルの登録や証明書の発行が行われてきたこと。もう1つは、性的指向などを理由とする差別が法律によって禁止され、性的少数者の人権について理解が進んでいたことである。1つめの背景は、本特集にもあるとおり、ここ数年で日本でも活発に議論されはじめている。ところが、2つめの背景について、日本には特徴的な点がある。

主要国の差別禁止法の現状

まず、諸外国の状況を確認しておく。もちろん、世界の国々は多様であって、それぞれの法制度にはいろいろな違いもあるが、人権の保障という点には一定の共通性がある。差別禁止や人権保障を全般的に規定する法律があって、人権侵害を救済するための独立した専門機関(専門的には国内人権機関[NHRI])が設置されていることである。そのような全般的な法律の中で、性的指向や性自認が扱われる。ILGA[*1]の調査によれば、性的指向にもとづく差別を憲法で禁止する国は14か国、差別禁止法に性的指向を明記する国が39か国あり、国内人権機関の活動対象に性的指向が明記されている国は88か国にのぼる。それ以外にも、雇用や教育などの特定分野で性的指向にもとづく差別を禁止する法律が作られている。

日本の差別禁止法の現状

日本はどうか。いまのところ、日本には憲法14条を除いて、差別禁止や人権保障を全般的に規定した法律は存在しない。人権救済のための独立した専門機関も設置されていない。たしかに、男女雇用機会均等法、障害者差別解消法、部落差別解消推進法などの特定分野を対象としたものはある。ただ、諸外国のように、差別の定義や人権侵害の認定、救済措置等を一般的・包括的な形で定めた法律は成立していない。言い換えれば、性的指向や性自認を盛り込もうにも、盛り込むべき差別禁止や人権保障を定めた法律そのものが存在しないのである。かつて2000年代前半に、「人権擁護法案」が国会で議論されたものの、頓挫したままである。

国際社会からの要請

このようなに差別禁止や人権保障に関する法律が不備なままの日本の現状について、国際社会は再三にわたって改善を求めている。その中でも、具体的に対応が必要なものの1つとして、「性的指向」が取り上げられるようになってきた。たとえば、国際人権自由権規約の履行監視機関である自由権規約委員会は、2014年、「締約国(=日本)は、性的指向と性自認を含む、あらゆる理由に基づく差別を禁止する包括的な反差別法を採択し、差別の被害者に、実効的かつ適切な救済を与えるべき」と勧告した。さらに、「レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの人々に対する固定観念及び偏見と闘うための啓発活動を強化し、レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの人々に対する嫌がらせの申立てを捜査し、またこうした固定観念、偏見及び嫌がらせを防止するための適切な措置をとるべき」とも述べている。この勧告は2008年に出された同じ委員会の勧告を繰り返すものであった。その他、社会権規約委員会(2013)や国連人権理事会の普遍的定期審査における勧告(2008、2014)にも、性的指向をはじめ性的少数者に関連する法整備が勧告されている。

日本における議論

もっとも、日本で性的指向などの人権がまったく意識されてこなかったわけではない。たとえば、頓挫している「人権擁護法案」には、差別が禁止される項目のひとつに「性的指向」がすでに含まれている。性的指向の解説には、「同じく性的少数者に位置付けられる性同一性障害、インターセックス(先天的に身体上の性別が不明瞭であること)を理由とする差別的取扱い等についても、同様に積極的救済を図るべき」とも書かれている。また、法務省は2003年から人権啓発活動の年間強調事項に性的指向にもとづく差別や偏見の除去を掲げ、翌年には性同一性障害も追加した。自治体の人権施策の条例や計画、男女共同参画施策の条例や計画の中にも、性的指向や性同一性障害の語は頻繁に登場するようになってきた。ただし、いずれも法案段階で頓挫していたり、学校や職場におけるいじめや自死、日常的な偏見やハラスメントを防止するだけの効果は得られてはいない。2003年には戸籍の性別変更を認める法律(性同一性障害者特例法)が成立したが、そこに示されている変更の条件は、同法が個人の性自認を尊重したものなのか疑問を生じさせている。

日本における法整備の要請

この状況を打開すべく、現在、性的指向・性自認(SOGI [*2])に関連する2つの法案が準備され、議論が進められている。法案は「差別解消」と「理解増進」の2つの方向から提案されている。

「差別解消」の法案は、民進党などの野党4党から提案されている。国や自治体だけでなく、民間企業における差別も禁止しており、合理的配慮の提供やハラスメントの防止など、男女雇用機会均等法や障害者差別解消法にならった規定が多く含まれている。また、支援体制の確立や審議会の設置など、差別解消に向けた具体的な手続きも盛り込まれている。「理解増進」の法案(正確には法案概要のみ)は、与党である自民党から提案されている。内容は人権教育法にならっており、差別や偏見をなくすためには、まず一般社会の十分な理解が必要との考えにもとづく。国や自治体が主導的な役割を果たすよう求めてはいるものの、具体的な施策を実施する義務までは定められていない。

2つの法案の意味

2つの法案が与党と野党それぞれから出されていることもあり、「差別解消」と「理解増進」は相反する法案のように捉えられがちだが、この2つは対立関係にあるものではない。一般社会における理解や認知が進まなければ差別は解消されないし、差別解消の手続きがなければ、社会にはびこる偏見や固定観念は払拭できず、本当に必要なレベルの理解や認知は進まない。「理解増進」の取り組みはすでに10年以上にわたって国や自治体が進めてきたが、差別やハラスメントの事例はいまだ後を絶たない。いろいろな調査から当事者が感じる職場や家庭での生きづらさは明らかとなり、自尊感情の低さや自死企図率の高さを示す調査にも長らく変化がみられない。「理解増進」が法律に書き込まれれば、国や自治体が取り組む法的根拠ができる。それと同時に、「差別解消」のための具体的な施策や手続きを整備することで、現実に即した課題の認識と問題解決の糸口がみえるようになる。「理解増進」と「差別解消」は相反するどころか、いずれか一方では不十分な、同等に重要な法律案なのである。

地方から国、そして国際社会へ向けて

渋谷区や世田谷区などによる同性カップルの承認、そして各地方自治体でのSOGIに関連する施策も少しずつ広がってきてはいるものの、そこには地方自治体レベルとしての限界がある。条例や計画の効力はそれぞれの管轄地域に限定されており、法的拘束力にも限界がある。そんな状況において必要となってくるのが、国レベルの法整備である。つまり、「理解増進」と「差別解消」を併せ持った法律の制定である。

一方で、2000年代から日本は、国際人権機関から差別禁止や人権保障の法整備の遅れを指摘され続けており、そこにはSOGIにもとづく差別や人権侵害への取り組みも含まれていた。10年以上前から積み残してきたこの国際社会からの宿題に応えるには、「理解増進」と「差別解消」の両方の内容を含めた法律にしていくことが不可欠なのである。そうでなければ、合格点には至らない。

以上、見てきたように、今こそ、SOGIに関する国レベルの法整備が急務であるのだが、そこに至ってなお、スタート地点に立ったに過ぎない。新しくできた法律が実質的に人々の日常に変化をもたらしたかを常に検証し、必要があれば改正していく努力もまた続けなければならない。人権は人としての当然の権利であるが、同時に、不断に作り上げられていくものでもある。何より、より大きな課題である一般的な差別禁止や人権保障の法整備に向けた取り組みも進めていく必要もあるだろう。性的指向や性自認に関する差別禁止や人権保障の法整備を第一歩として、すべての人が属性や特徴にかかわらず尊厳をもって扱われる社会にしていくことが求められているのだ。

■ G7各国のSOGIに関する法制度の比較表

[*1]ILGA/International lesbian, gay, bisexual, trans and intersex association

[*2]SOGI/Sexual Orientation and Gender Identity