組織団体の主宰者マーク・サハディ(Mark Sahady)はフェイスブックでこう書いています──「彼らにとっては全部がアイデンティティを基にしている。そこでは人は犠牲者として分類されるか、弾圧者として分類されるかのどちらかだ」「もし犠牲者のステータスが得られればあなたは自分を祝福する資格を持ち、弾圧者のステータスにいる者たちが自分の意のままに振る舞うことを期待するのだ」

 ワシントン・ポストによると、「ストレート・プライド」では基調講演も行われ、もう一人の主宰者ジョン・ヒューゴによればその講演者は「とても有名なゲイの保守派の人物」を予定しているそうです。そのヒューゴの弁はこうです。

 「マサチューセッツ州によるゲイ・コミュニティへのサポート努力を批判すると、それはヘイト(憎悪)だと不当にもレッテル張りされる。そのせいで我々は弾圧する多数派であるかのように感じさせられる」「我々は寛容を求める。単にLGBTQコミュニティだけでなく、全ての者に対する寛容だ」。だから「LGBTQ」に「I(ntersex)」や「A(sexual)」が続くならば、そこには「S(traight)」も付けてほしいと彼は言っています。

 3人目の主宰者は名前を明かしていませんが、自分のことを「ゲイのアンバサダー(大使)」であり、「ヘテロフォビア(異性愛憎悪)」に反対していると説明しています。

 彼らの「アイデンティティ政治」の転覆の試みは、いったいどこまで本気にしていいのかよくわからなくなりますが、一方で彼らに対する反論が、ゲイ・コミュニティからではなく、ストレート・コミュニティから発せられました。

 ジェイムズ・フェル(James Fell)という健康や生活問題のトレーナー兼作家が、フェイスブックやツイッターで次のような投稿をしたのです。

 

「私はストレートだ。私はストレートであることが気に入っている。気に入っている大きな理由は一度も自分のセクシュアリティのことで偏見に晒されたことがないからだ。自分が選んだ人と結婚する権利を求めて戦う必要がなかったからだ。自分が寝たいと思う相手が気に食わないからといって誰かに殴られたり殺されたりする心配がなかったからだ。家族や友達や同僚たちの反応に怯えたり心配したりして、ストレートだとカミングアウトできずにクローゼットに閉じ籠りきりになる必要がなかったからだ。

 ストレートであることで罵声を浴びたことがなかったからだ。ストレートであることでおまえは地獄で焼かれると脅されたことがなかったからだ。ストレートであることをやめさせようと送り込まれ拷問されるような施設が一つもないからだ。ただストレートであるという理由で死刑になるような国がないからだ。

 ストレートであるという理由で、何かを求めて戦ったり何かに反対してもがかねばならないようなその何かが、一度もなかったからだ。だからしたがって、プライドを持たねばならない理由が私には何一つない。自分の持っているこの特権に感謝しているか? もちろん。けれど、プライド? 何のことかわからない。

 私にわかるのは、このパレードの名前は間違いだということだ。「ストレート・プライド・パレード」ではない。「私はホモフォビックなクソだ」パレード、そう呼ばれるべきだ」

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