大阪で法律事務所を営む南和行さんと吉田昌史さんはゲイの弁護士カップル。人呼んで「弁護士夫夫(ふうふ)」。彼らのもとには全国から“困っている人たち”が相談にやってくる。セクシュアル・マイノリティをはじめ、養護が必要な子どもたちや戸籍のない人、「君が代不起立」で処分された先生、女性器をモチーフにした作品で逮捕された漫画家・ろくでなし子さん……。そんな困りごとを抱えた人たちを守るべく、「法律」を盾に闘う弁護士夫夫の仕事ぶりや暮らしぶりを追いかけたのがドキュメンタリー映画『愛と法』だ。昨年の東京国際映画祭・日本映画スプラッシュ部門作品賞を、続く香港国際映画祭では最優秀ドキュメンタリー賞に輝いた注目作が、いよいよ劇場で観ることができる。戸田ひかる監督に話を聞いた。(C)Nanmori Films

*9月22日(土)より大阪 シネ・リーブル梅田にて先行上映中、929日(土)より東京渋谷 ユーロスペースほか全国順次ロードショー
※9月29日ユーロスペースでは南和行さん、吉田昌史さん、戸田ひかる監督による初日舞台挨拶あり

戸田ひかる監督

ーー本作を撮るきっかけ、南さん、吉田さんとの出会いは?

戸田:お二人と出会ったのは、2013年の初めごろ。ちょうど彼らが弁護士として独立した年でした。当時はまだ私はロンドンに住んでいて、他のプロジェクトのリサーチで大阪を訪れた際に、彼らとお会いしたんです。素直に、すごく素敵なカップルだなって思いました。仕事もプライベートも二人三脚で、喧嘩をしながらも、お互いに弱い部分を受け入れあっているのが見て取れて、羨ましいなあ、と。そして、大阪の良さというか、人間臭さがお二人から滲み出ていて、そこにまず惹かれました。

また、弁護士という職業にもすごく興味を持ちました。困りごとを抱えた人たちが彼らのところに集まってくるので、普段では聞けないいろんな事情とか思いとかを知れるのではないか。弁護士の視点から、何か見えるんじゃないか。そこから、見えにくくなっている「日本」が見えるんじゃないか。そんなふうに思い、彼らの弁護士としての活動を取材してみたいと思いました。南さんのお母さんが事務所で一緒に働いているのも、面白いと思いました。

ーー取材を依頼し、すぐにOKはもらえたのですか?

戸田:そうですね、割とすぐに許可をしていただきました。吉田さんが東京国際映画祭の舞台挨拶でおっしゃっていたんですが、お二人の姿を知ってもらうことで何かが変わるきっかけになるんじゃないか。いない存在、見えない存在、特別な存在……。そういう見られ方じゃなくて、家でご飯作って一緒に食べている平凡な男同士のカップルの姿を、知ってもらう意味はあるんじゃないか。こういう物語を発信していくことの意義という部分で共感できたんじゃないかなと思います。

ーー2014年から約3年ほど撮影したわけですが、最初のころと実際のお二人の印象は変わったりしましたか?

戸田:そのまんまというか、カメラの前でもあまり変わらない。特に吉田さんは、カメラの前でも本当に変わらない人で。南さんは、目立ちたがり屋さんなんで、かしこまって見せようとするんだけど、カメラの前だと硬くなったり(笑)。でも、それも「素」なわけじゃないですか。そこらへんが、すごく愛嬌があって、親近感が湧くんですよね。

ーーご自身の中での変化はどうですか?

戸田:カメラのない時も含め、いろいろな裁判の舞台裏の話を聞くことができ、すごく勉強になりました。いろいろな案件を彼らを軸としてつなげているのですが、これは、撮影時に彼らが言っていたことがヒントとなりました。「法律を扱っている立場の僕らの視点からは、一見バラバラな問題が根っこの部分でつながっている」と。

掘り下げていけば、問題の本質は同じところにあるとも言ってました。やっぱり、私としては、そこを映画でも取り上げたい。個々の問題一つ一つではなくて、つながっている部分、オーバーラップしている部分というのは、彼ら自身がセクシュアル・マイノリティであり、弁護士でもあるというところから可視化できるのではないか。そこを見せたいな、と思いました。

(C)Nanmori Films

ーーろくでなし子さんの裁判をはじめ、結果的に取材がOKになって取り上げた案件というのは、国とか行政を相手にしたものになりましたね。

戸田:そうですね。弁護士のお仕事上、人のプライバシーを扱うので、依頼者には迷惑をかけられない。やはり、どうしても了解をいただける案件となると、限られていて。その中で、許可していただけたのが「発信」したい思いがある依頼者の方たちで、そして、私の素朴な疑問を追っていったら、この物語たちに辿りつきました。こんなふうに、社会的・法的にあるべき姿から外れているがゆえに、法律で守られていなかった人たち。そういう人たちは、同調圧力の強い日本の社会の中で、自分らしさが枠からはみ出てしまい、いろんな結末や現状を呼び込んでしまう。そういうところが、共通しているんだと思います。

ーー『愛と法』というタイトル、すごくぴったりだな、と思いました。これはどのタイミングでつけたのですか? また、英語のタイトルは『OF LOVE & LAW』となっていますが、ここでの「OF」がポイントだと思ったのですが、この「OF」へのこだわりや思い入れがあれば、教えてください。

戸田:まず最初に、『OF LOVE & LAW』という英語のタイトルが浮かびました。「LOVE & LAW」だけだと、あまりにも確定されてしまっているなと思って「OF」をつけました。この「OF」は「つながり」を表しているんですね。なので、「OF LOVE & LAW」には、愛と法とその他いろいろ、みたいなニュアンスがあるんです。個々の、つながっていない「愛と法」というより、「愛と法」のつながっている部分を、この「OF」で表したかったんです。

日本語のタイトルは、すごく悩んで、配給会社さんとも何カ月もやりとりしました。結局、直訳に近い『愛と法』にしたのは、映画を観た後の余韻の中で、一番納得してもらえるタイトルかなと思って、最終的に選びました。私たちは孤立した現実の中で生きているんじゃなくて、すべてつながっている。そんな中で、「愛」と「法」は対極的な概念のように思えるけど、実はそれもつながっているし、つながるべきだと思っていて。そのつながりを体現してくれているのがお二人や依頼者の方なのかな、と思い、ストレートに「愛と法」で行こうってことになりました。ここでの「法」は、「法律」ではなく、もっと広い意味での「社会規範」や「暗黙の了解」といった、いちいち言われなくてもわかるルールのようなものも含まれています。

(C)Nanmori Films

ーー映画が劇場公開されるにあたって、こういうところを観てほしいっていうのはありますか?

戸田:この映画を観て、普段はしゃべらないような問題を知ってもらえたり、しゃべらない相手としゃべるきっかけになったりすると嬉しいですね。みなさんをつなぎあわせるきっかけとなればと思っています。

ーー今は大阪に居を構えてお仕事をされているそうですが、次に撮る題材とかテーマは決まっていますか?

戸田:自分の家族のことを撮ろうかなと思っています。父母がいて兄がいてといういたって一般的な家族ですが、主に母親との関係を撮ろうかなと。娘と母って、複雑な関係性があると思うんですが、私はいま30代で、ちょうど母親が自分を産んだ年齢になり、いい機会だなと思ったんです。

ーー最後になりますが、映画づくりでこだわっているところってありますか?

戸田:ドキュメンタリーを撮るプロセスには、いろいろな人と関わりながら生きていく「生活」が凝縮されているような気がしています。建前とかはなくして、本音で話し合おうよといった前提を共有しながら作り上げていく。だから、作家性は必要だとは思うんですけど、それよりも自分の視点で見たものを描いているので、やっぱり、会話が本音じゃないときちんと描けない。作家性というより、「人間性」を大切にしていきたい。南さんと吉田さんの人間性に惹かれたから、彼らとつながりたいと思ったから、取材をお願いした。これからもそういう部分を大切にしていきたいですね。

取材・文/山縣真矢

[監督]戸田ひかる

10歳からオランダで育つ。ユトレヒト大学で社会心理学、ロンドン大学大学院で映像人類学・パフォーマンスアートを学ぶ。10年間ディレクターと編集者としてロンドンを拠点に世界各国で映像を制作。本作の撮影で22年ぶりに日本で暮らす。現在は大阪在住。

(C)Nanmori Films

(C)Nanmori Films

■『愛と法』

監督:戸田ひかる
出演:南和行、吉田昌史、ろくでなし子、井戸まさえ 他

【書籍情報】

『同性婚 私たち弁護士夫夫です』 

著:南 和行
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『僕たちのカラフルな毎日 弁護士夫夫の波瀾万丈奮闘記』

著:南 和行+吉田昌史
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